交通事故に遭い、ようやく治療が一段落したと思ったら、今度は保険会社から「示談書(または免責証書)」が届いた——そんな状況に戸惑っている方は多いのではないでしょうか。「示談書ってそのままサインしてもいいの?」「後から何か問題が出たらどうなるの?」という不安は、法律の知識がない一般の方にとって、まったく当然の感覚です。
示談書は、事故の解決内容を確定させる非常に重要な書面です。一度署名・押印してしまうと、原則として内容を覆すことはできません。特に北海道・札幌のような積雪・凍結路面での事故では、スリップによる接触や追突など、過失割合の認定が複雑になりやすく、示談書の記載内容をしっかり確認することがより一層重要になります。
また、示談は法律上「和解契約」(民法第695条)に当たり、双方が合意した内容は強い法的拘束力を持ちます。後悔のない解決のためには、示談書の基本的な構造と、署名前に必ずチェックすべき条項を理解しておくことが不可欠です。
今回のコラムでは、交通事故の示談書とは何か、どのような事項を記載すべきか、そして特に注意が必要な条項(清算条項・留保条項など)について、実務上の観点を交えながら詳しく解説します。
交通事故の示談書とは何か?その法的性質を理解する
示談は民法上の「和解契約」にあたる
交通事故における「示談」とは、加害者と被害者が損害賠償の金額や条件について話し合い、裁判によらずに解決することをいいます。そして、その合意内容を書面にしたものが「示談書」です。
示談は法律上、民法第695条が定める「和解契約」にあたります。民法第695条は、「和解は、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる」と規定しており、示談が成立すると、当事者双方が合意内容を守る法的義務を負うことになります。
さらに民法第696条では、和解の「確定効」が定められており、一度示談が成立すると、後から事実が異なっていたことが判明しても、原則として示談内容を覆すことができません。「あのとき知っていれば…」という後悔が生じないよう、署名・押印の前に十分な確認が必要です。
示談書・免責証書・承諾書の違い
示談に関連して登場する書類には、複数の名称があります。
- 示談書:加害者と被害者の双方が署名・押印する合意書面。双方に拘束力が生じます。
- 免責証書(承諾書):加害者側の保険会社が使用することが多く、被害者側のみが署名・押印します。保険会社が交渉の当事者となっている場合に多く用いられます。
実務上は、加害者が任意保険に加入している場合、保険会社が「免責証書」または「承諾書」という書類を被害者のもとに送付してくることがほとんどです。名称は異なりますが、効力は示談書と基本的に同じで、署名・押印することで示談が成立し、原則としてそれ以上の損害賠償請求ができなくなります。名称に惑わされず、内容をしっかり確認することが大切です。
示談書の作成方法と記載すべき必須事項
示談書に必ず盛り込むべき6つの記載事項
示談書に法的に定められた書式はありませんが、後日のトラブルを防ぐために記載すべき基本事項があります。以下の6項目は必ず記載するようにしましょう。
- ①当事者の特定:加害者・被害者それぞれの氏名・住所・車両登録番号を記載します。事故を起こした運転者と車両の所有者が異なる場合は、所有者の情報も必要です(自動車損害賠償保障法第3条)。相手方の情報が不明な場合は、交通事故証明書(自動車安全運転センターが発行)で確認しましょう。
- ②事故の特定:どの事故についての示談なのかを明確にするため、事故発生日時・場所・事故状況を記載します。交通事故証明書を参照して正確に記載してください。
- ③示談金額と既払金:最終的に支払われる示談金の総額と、すでに支払われた治療費等(既払金)を明記します。損害額から過失相殺分と既払金を控除した金額が最終的な示談金額になります。
- ④支払条件:支払方法(銀行振込・分割払いなど)・支払期日・振込先口座を具体的に記載します。実務上は、示談成立から30日程度を目安に期日を設定することが多い傾向です。分割払いの場合は、分割回数・1回の支払額・支払日を明記しましょう。
- ⑤過失割合:条項として記載することがあります。過失割合は示談金額に直結するため、物損示談での合意が人身示談にも影響しないよう注意が必要です。
- ⑥署名・押印と日付:当事者双方の署名・押印と作成日付を記載して、示談書として完成させます。
示談書の作成タイミングと注意点
示談書は、損害が確定した後に作成するのが基本原則です。治療費や休業損害の額は治療が終わらないと確定しないため、治療中や症状固定前に安易に示談に応じると、十分な賠償を受けられない可能性があります。特にケガを伴う人身事故の場合は、症状固定後に後遺障害の有無を確認してから示談交渉を開始することが重要です。
また、人身損害と物的損害(車の修理代など)を分けて示談することも可能ですが、物損で合意した過失割合が人身示談にもそのまま適用されるリスクがあるため、物損の示談には慎重に対応する必要があります。物損のみを先に解決する場合は、示談書に「本件は物損に関する解決のみである」と明記することが不可欠です。
絶対に確認すべき「清算条項」と「留保条項」とは
清算条項——署名後は追加請求が原則できなくなる
示談書の中で最も重要な条項の一つが「清算条項」です。清算条項とは、「示談書に定めるもの以外に、お互いに何の債権債務も存在しない」ことを確認する条項であり、示談後にトラブルを蒸し返さないために設けられます。
記載例としては、「甲と乙は本件交通事故に関し、本示談書に定めるもののほかに、甲乙間に何の債権債務がないことを相互に確認する」というような文言が一般的です。保険会社から送られてくる免責証書にも、「本書面に記載された事項を除き、本件事故に関する一切の請求を行わないことを約束する」という趣旨の清算条項が設けられているのが通常です。
清算条項のある示談書に署名・押印すると、後から後遺症が判明したとしても、原則として追加の損害賠償請求はできなくなります。署名前に、請求すべき損害項目(治療費・通院交通費・休業損害・入通院慰謝料・後遺障害慰謝料・逸失利益など)がすべて示談書に反映されているかを確認することが重要です。
留保条項——後遺障害への備えとして必ず検討を
一方で、「留保条項」は被害者を守るための重要な条項です。留保条項とは、示談成立後に予期せぬ後遺障害が発覚した場合に備えて、追加の協議ができるよう定めておく条項のことです。
記載例としては、「本件示談後、本件事故を原因とする後遺障害が発生した場合には、当該後遺障害に基づく損害賠償については別途協議するものとする」という文言が用いられます。
なお、最高裁判所は昭和43年3月15日判決(民集22巻3号587頁)において、「全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもって満足する旨の示談がされた場合においては、示談によって被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべき」と判示しており、示談当時に予想できなかった後遺症については、例外的に追加請求が認められる余地があります。
ただし、この判例に基づく追加請求の立証は実務上きわめて困難であり、相手方(保険会社)も当然争ってくることが予想されます。後悔しないためにも、示談前に留保条項を明記しておくことが強く推奨されます。
保険会社の示談提示で被害者が陥りやすい落とし穴
保険会社が提示する金額は「任意保険基準」に基づく低額提示が多い
交通事故の損害賠償には、①自賠責保険基準、②任意保険基準(保険会社独自の社内基準)、③弁護士基準(裁判基準)という3つの計算基準があります。3つの基準の中で最も賠償額が高くなるのは弁護士基準(裁判基準)であり、保険会社が提示する任意保険基準はそれを大きく下回ることが多い傾向があります。
保険会社は営利組織である以上、自社の支出をできるだけ抑えようとする動機があります。「上司に掛け合って増額できたが、これ以上は難しい」などと言われても、実際にはまだ交渉の余地がある場合が少なくありません。弁護士が介入することで賠償額が増額されるケースは実務上多数報告されています。
署名前に確認すべきチェックポイント
保険会社から示談書(免責証書)が届いたら、署名・押印の前に必ず以下の点を確認してください。
- 当事者情報・事故内容が交通事故証明書と一致しているか
- 示談金額の内訳(治療費・慰謝料・休業損害・逸失利益など)が適切か
- 過失割合が不当に高く設定されていないか(過失割合が高いほど示談金額は減額されます)
- 後遺障害の認定を受けるべき症状が残っていないか
- 清算条項の文言を確認し、留保条項の有無を確認しているか
- 物損示談が人身示談と混同されていないか
示談書の内容に少しでも疑問や不安を感じたら、絶対にその場でサインせず、まず弁護士に相談することを強くお勧めします。
加害者が無保険の場合——公正証書化で支払いを確保する
通常の示談書に強制執行力はない
当事者間で締結した示談書は私文書であり、それ自体には強制執行力がありません。加害者が示談金の支払いを怠った場合、通常の示談書だけでは直ちに差押えなどの強制執行手続きをとることができず、改めて民事訴訟を起こして「債務名義」を取得する必要があります。
加害者が任意保険に加入している場合、支払いは保険会社が行うため不払いのリスクはほぼありません。しかし、加害者が無保険であったり、自賠責保険の限度額を超える損害が発生して加害者本人が支払う部分が生じる場合、または分割払いとなる場合には、支払いが滞るリスクが高まります。
「強制執行認諾文言付き公正証書」で支払いを確保する
こうしたリスクに備えるために有効なのが、示談書の「公正証書化」です。公正証書とは、公証役場で公証人(元裁判官などの法律専門家)が作成する公文書です。示談書を公正証書の形式で作成し、「強制執行認諾文言」(加害者が支払いを怠った場合には直ちに強制執行に服する旨の条項)を付加することで(民事執行法第22条5号)、民事裁判を経ることなく、加害者の銀行預金・給与・不動産などの財産を差し押さえることが可能になります。
公正証書の作成には、加害者・被害者双方が公証役場に出向き、本人確認書類・実印・印鑑証明書・示談書の原案を持参する必要があります。作成費用は示談金額によって異なりますが、おおむね1〜5万円程度とされています。
加害者が無保険の場合や分割払いが長期間にわたる場合は、公正証書化を強く検討してください。弁護士に依頼すれば、原案の作成から公証役場との手続きまで代行してもらうことができます。
おわりに
交通事故の示談書は、事故解決の最終段階における最も重要な書面です。今回のコラムで解説した内容を簡単にまとめます。
- 示談は民法第695条の「和解契約」に当たり、一度成立すると原則として覆すことができない
- 示談書(免責証書)には、当事者情報・事故の特定・示談金額・支払条件・清算条項などを正確に記載する必要がある
- 清算条項により、署名後は追加請求が原則できなくなるため、署名前に損害項目の漏れがないか必ず確認する
- 後遺症の可能性がある場合は、留保条項を盛り込んでおくことが重要。最高裁昭和43年3月15日判決では予想できなかった後遺症への追加請求の余地を認めているが、実務上の立証は困難
- 保険会社の示談提示額は任意保険基準に基づく低額であることが多く、弁護士基準との差額は大きい場合がある
- 加害者が無保険・分割払いの場合は、強制執行認諾文言付き公正証書を作成して支払いを確保することを検討する
当事務所では、交通事故被害に遭われた方のご相談を随時受け付けております。初回相談は無料ですので、一人で悩まずにまずはお気軽にご連絡ください。保険会社との交渉や後遺障害認定のサポートなど、経験豊富な弁護士があなたの状況に合わせた解決策をご提案いたします。